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伊藤 整一
1890~1945
いとう せいいち 軍人
享年55
「特攻」攻撃の
さきがけを命じられる
第二次大戦、敗戦濃厚となり
特攻攻撃のさきがけを
命じられた
「戦艦大和」指令長官、
伊藤整一は
妻と二人の娘へ遺書を残し
戦艦もろとも
坊ノ岬沖に沈みました。
妻への遺書
「 - この期に臨み、
かえりみれば
われら二人の過去は
幸福に満てるものにして
また私は武人として
重大なる覚悟を
なさんとする時、
親愛なるお前様に
後事を託して
何ら憂いなきは、
此の上もなき仕合せと
衷心より感謝到しおり候。
- 心からお前様の
幸福を祈りつつ」
娘たちへの遺書
「 - 私は、今、
可愛い貴女たちのことを
想っております。
そうして
貴女たちのお父さんは、
お国の為に
立派な働きをしたと
いわれるようになりたいと
考えております。
もう手紙も
書けないかも知れませんが、
大きくなったら
お母さんのような
婦人になりなさい
というのが、
私の最後の教訓です」
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